『Fate/stay night』『月姫』などの名作ゲームを生み出してきた、TYPE-MOONのこれまでを追った一冊。
TYPE-MOONは、代表兼イラストレーターの武内崇と、シナリオライターの奈須きのこの2人を中軸に据えています。
本書が貴重なのは直接取材をしているということ。周辺の関係者にもインタビューしていて、一次情報がそろっているわけです。
ビッグヒットを生み出すまでの若者たちの青春グラフィティであり、作家・奈須きのこの作家性に迫る内容になっています。
- 本書をざっくり3行でまとめると…
- 武内崇と奈須きのこ、2人の出会い
- 『月姫』1年で単行本20冊分のシナリオを書き上げる
- 『Fate』によりTYPE-MOONは飛躍していく
- 『空の境界』に見るコンテンツ重視の思想
- TYPE-MOONらしさとは?
- おすすめ度6☆☆☆☆☆☆★★★★
本書をざっくり3行でまとめると…
武内崇と奈須きのこ、2人の出会い
2人の出会いは彼らが中学生だったころ。同級生でお互い感銘を受けたものを共有する仲だったんですね。
その中で、菊池秀行の伝奇作品への影響を挙げています。『魔界都市<新宿>』『エイリアン秘宝街』といった作品群は、かなり熱を上げて読み込んでいたようです。
そして武内はマンガ家を、奈須は小説家を目指すようになります。またTRPGのゲームマスターになったりもしていて、これはゲームの世界構築について鍛錬の場ともなったのでしょう。
社会人になってからも奈須は創作活動を続けますが、武内から以下のような言葉を投げかけられます。
武内は、共に夕日を見ながら奈須にこう告げました。「いつまでも仲間内で満足していないで、そろそろ本気で始めてみたらどうなんだい」と。それは奈須にとって、「この美しい黄金色の夕焼けと比べておまえはどうなんだ」と問われるような衝撃的な言葉でした。
アツい! 青春じゃないですか!
武内は奈須きのこの才能を世に送り出すことに使命感があったようで、2人だからこそここまで成功できたことが分かります。
このあともたびたび武内は奈須をときに叱咤しときに讃えて、二人三脚で歩んでいくんですね。
これってジブリだなと。宮崎駿という天才の作品をドメジャーにしたのが、プロデューサーの鈴木敏夫です。天才作家・奈須きのこをプロデュースしているのが武内だというわけです。
『月姫』1年で単行本20冊分のシナリオを書き上げる
ここから2人は同人サークル「竹箒」を作り、ウェブ上で連載をはじめます。これが小説『空の境界』なんですね。いまでは講談社で文庫化され、劇場7部作で映画化もされた人気コンテンツですが、当時コミティアで出品して売れたのはたった6部だったというのは有名な話。
そして、同人ゲーム『月姫』の制作に着手。ゲームブランドTYPE-MOONが動き出します。
制作の舞台裏は壮絶…。
武内は本業の仕事をしながら、1年で400枚のグラフィックを描き上げるという超人技を発揮。
奈須は原稿用紙5,000枚ほどのシナリオを完成させる。これは単行本が20冊出せる分量というのだから恐れ入ります。
さらにですよ、武内は奈須の生活費を捻出していたらしく、「生活費は俺が出すから、お前は『月姫』に専念してくれ」と告げたと言います。
同人ゲームで売れるかどうかわからないわけで、それなのにこの狂いっぷり。コンテンツの濃厚さは、今でも続くTYPE-MOONの強みであり、この2人だからこそ成し遂げることができりたんだなと感じさせるエピソードです。
そして『月姫』は同人ゲームでありながらカルト的な人気を博していきます。
『Fate』によりTYPE-MOONは飛躍していく
『Fate/stay night』は言わずと知れたTYPE-MOONを代表する人気作です。ストーリーは3つのルートに分かれるのですが、それぞれの役割がはっきりしている。著者の見解によると、以下のように主人公・衛宮士郎の内面の葛藤が柱になっているんですね。
- 「正義の味方になりたい」という思いがあるがそれは借り物だった
- 借り物だとしてもその思いは間違いじゃないと肯定していく
- そして自分から湧いてくる「欲望」と向き合っていく
『Fate/stay night』のすごさは、「聖杯戦争」というシステムを発明したこと、というのも本書では指摘されています。派生作品が作りやすいので、さまざまな形で『Fate』ユニバースが展開されているわけです。
『Fate/Zero』
『Fate/stay night』の前日譚である第四次聖杯戦争を描いたのが本作。
ニトロプラスの虚淵玄が小説として執筆。虚淵玄は、『魔法少女まどか☆マギカ』『サイコパス』『仮面ライダー鎧武』といった作品の脚本を手掛けています。
『Fate/stay night』執筆中に奈須が体調を崩したときのピンチヒッターとして虚淵玄に声がかかっていたそうで、そのときは奈須の体調が回復したことで実現せず。ファンディスクでの執筆も提案したが、そのときに虚淵玄から前日譚を書きたいと逆提案があったそうです。
この2人の作家性の違いを奈須自身が分析しています。
僕はやはり感性に頼る作家だと思っています。だからこそ、どの作品を書いても作家性というものが分かりやすく出てしまう。逆に虚淵さんは完全に理詰めの作家ですね。僕らは互いに懇意にしていますが、それは書き手のタイプが真逆だからですよ。
奈須はポエティックで感性で描く。虚淵はロジカルで理詰めで描く。けっこう近い作風かと思っていたので、作り手側から見るとここまでの違いがあるのは興味深いところです。
また奈須は新本格というミステリ小説のジャンルに傾倒していた時期があるようです。そして西尾維新の存在も大きい。講談社ノベルスで西尾の『クビキリサイクル』が出版されたとき、奈須が書きたいフォーマットと似ていて、講談社ノベルスでやることはないと考えたと言います。同時代作家からの影響が見えてくるし、彼らが同じ潮流にいることが分かります。
『Fate/stay night』
衛宮士郎は学園でサーヴァント(魔術師の使い魔)同士の戦いを目撃してしまう。そこから聖杯戦争に巻き込まれ、セイバーというサーヴァントとともに争いに身を投じていく。
『Fate/hollow ataraxia』
ファンディスク。後日談でありながら異常な熱量で描かれたストーリー。しかもファンに対してステイナイトへの別れを要求するねじれ構造になっている。
『Fate EXTRA』
『Fate EXTRA CCC』
『Fate Apocrypha』
『Fate Prototype 蒼銀のフラグメンツ』
『Fate/strange Fake』
『Fate/EXTELLA』
『空の境界』に見るコンテンツ重視の思想
同人作品として販売した当初は6部の売り上げだった『空の境界』は、西尾維新の担当編集者だった太田克史から書籍化を依頼されることから、さらなる動きを見せていきます。
ここでも西尾維新がニアミスしていることにもテンション上がりますが、奈須たちは書籍化を一度断ります。何度も説得を受け紆余曲折をへて、書籍は2004年に刊行。
そして劇場版へと展開されていきます。ここでも出版社、アニメ制作会社などが動いて、実現したことが分かります。それにしても、いきなり劇場版7部作って、英断ですね。
劇場版を受けて、奈須は続編を書くことを決意。それが『空の境界 未来福音』 これをサークル竹箒による同人誌として展開したのはさすが。原点に戻ったわけです。
TYPE-MOONはコンテンツを商業主義で考えていないんですよね。徹底しているのが、読者を裏切らないこと。
劇場版『空の境界』
『空の境界 未来福音』
TYPE-MOONらしさとは?
武内はTYPE-MOONらしさについて、「奈須きのこの遊び心と美学」だとしています。奈須きのこという天才を世に送り出すことにすべてを捧げてきている。
変に商業主義に走らずにいるのは、武内自身もクリエイターの側面があるからでしょう。プロデューサーとしても優秀だなとあらためて思いました。
TYPE-MOONの最新作『魔法使いの夜』にも本書では触れています。1996年に書き上げた奈須の原点をゲーム化。新たなチャレンジをしていて、ノベルスゲームの演出面の進化に挑んでいます。映像監督が行うかのような演出になっていて、奈須きのこワールドの広がりを見せているので、今後の展開も楽しみです。
おすすめ度6☆☆☆☆☆☆★★★★
TYPE-MOONの原点からこれまでをしっかりまとめています。関係者に取材をしたのだからもっと深堀してほしいと物足りない点もありますが、TYPE-MOONの入門書的な役割は十分担える内容になっています。
そしてTYPE-MOONは、武内と奈須という2人の青春物語なんですね。この2人の歩みを現在進行形で体験できることはありがたい。
読後はTYPE-MOONのコンテンツにどっぷり浸かりたくなります!