たかゆうの読書日記

本が好きです。読んだ本を中心に、映画・マンガ・テレビなどについても言及できればと思います。

『一人称単数』村上春樹6年ぶりの短編集、8つの物語を解説

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村上春樹の6年ぶりの短篇小説集。

すでに文芸誌で読んでいたものもありましたが、味わい深い短編が並んでいます。

どれも春樹っぽさあった。なぜか女性と一夜を過ごし、なぜか招待されたピアノ演奏会が開催してなくて、なぜかウソ音楽レビューが実現するという謎かけがたまらない。

8つの物語について解説していきます。

石のまくらに

小説家志望の「僕」とバイト先の20代女性が一夜を共にすることに。女性は絶頂のときに他の人の名前を呼んでもいい?と聞く。春樹っぽい。この女性、短歌を書いていて作中でも出てくるのは新鮮。言葉や思いというものの儚さを描く。

石のまくら に耳をあてて 聞こえるは 流される血の 音のなさ、なさ たち切るも たち切られるも 石のまくら うなじつければ ほら、塵となる

歌集だけが残り、他の言葉や思いはみんなチリとなって消えてしまった、で終わるのも余韻が残る。

クリーム

主人公のもとにピアノ演奏会の招待状が届く。バスを乗り継いでたどり着いたのに、会場のはずの建物は門が閉ざされている。会場の鉄扉には鎖がグルグル巻かれていて、南京錠までかかっていた。

ふと公園で出会った老人に話しかけられる。「外周を持たない円を思い浮かべられるか?」。おもしろかったし長編に化けそう。

「人生のクリーム」という単語が出てくる。

「わからないことをわかるようにすると人生のクリームになる」 「きみの頭はな、難しいことを考えるためにある。わからんことをわかるようにするためにある。それがそのまま人生のクリームになるんや」

チャーリーパーカー・プレイズ・ボサノヴァ

大学の頃に書いた架空のジャズ書評が、なにかの間違いで雑誌に掲載された。そしたら、実現したという話。「信じた方がいい。それはなにしろ実際に起きたことなのだから」

ジャズ書評には、1963年チャーリーパーカーは、アルバム一枚分の録音をしたとあった。そのアルバムが「チャーリーパーカー・プレイズ・ボサノヴァ」だ。そして、主人公がニューヨークに滞在していたとき、レコード店に入った。夢を見た。チャーリーパーカーが架空のアルバムの1曲目「コルコヴァド」を演奏してくれた。

ウィズ・ザ・ビートルズWith the Beatles

ビートルズのLPを抱えた1人の少女。そのときしか会えなかった。1965年の夏、担任教師は数年後に首吊り自殺した。

付きっていた彼女サヨコの兄との場面が印象に残る。「付き合ってておもしろいか?」と言われるのだ。芥川龍之介が自殺前に書いた『歯車』を主人公は、サヨコの兄のために朗読する。兄、記憶が途切れることがあるという。そして18年後、兄と再会。サヨコは32歳で自殺したという。かなり死のにおいが漂う作品。

ヤクルトスワローズ詩集

野球を題材にした詩を書いていた話。父が出てくる。父が亡くなったとき、大量のお酒を飲んだという。村上春樹の随筆『猫を棄てる』以前は、父についてはほぼ触れていなかった。

謝肉祭

「彼女は、これまで僕が知り合った中でもっとも醜い女性だった」。なかなかドキッとする出だし。「自分が美しくないことをそれなりに愉しめる女性は、むしろ幸福であるとは言えないだろうか?」と提言する。

主人公と醜い女性は、究極の音楽としてシューマンの「謝肉祭」を挙げる。「私たちは誰しも、多かれ少なかれ仮面をかぶって生きている。シューマンは人々の複数の顔を同時に目にすることができた」。

品川猿の告白

寂れた温泉旅館に行って湯につかっていると、猿が入ってきた。「失礼します」。この突然ファンタジー感がいい。

猿は人間にも猿の仲間とも入れない、はぐれ猿時代があった。誰ともコミュニケーションがとれなかった。そして、好きになるのは人間の女性。特殊能力として、名前を盗むことができるという。好きになった女性の名前を盗んで、大事にしている。盗まれた女性は大きな被害はない。

読み終わると、品川猿が愛おしく、幸せになってほしいと願ってしまう。

私は考えるのですが、愛というのは、我々がこうして生き続けていくために欠かすことのできない燃料であります。その愛はいつか終わるかもしれません。あるいはうまく結実しないかもしれません。しかしたとえ愛は消えても、愛がかなわなくても、自分が誰かを愛した、誰かに恋したという記憶をそのまま抱き続けることはできます。それもまた、我々にとっての貴重な熱源となります。

一人称単数

「ここにこうして、一人称単数の私として実在する。もしひとつでも違う方向を選んでいたら、この私はたぶんここにいなかったはずだ。でもこの鏡に映っているのはいったい誰なのだろう?」

スーツを着てバーに行ったが、見知らぬ女性に「3年前に、どこかの水辺であったことを。そこで自分がどんなひどいことを、おぞましいことをなさったかを。恥を知りなさい」と言われた。見に覚えがまったくなのに。

しかし外で出ると、まるで違った世界が広がっていた。季節は変わり空の月も消えていた。