SF小説の巨人であるレイ・ブラッドベリ。
NHK「100分de名著」で、ブラッドベリの『華氏451』が扱われます。まさにこの時代に読むべき作品。ブラッドベリのおすすめ小説はまだまだありますが、読んだ本のなかから、8作品を紹介したいと思います。
- 『華氏451』
- 『火星年代記』
- 二〇三〇年一月 ロケットの夏
- 二〇三〇年二月 イラ
- 二〇三〇年八月 夏の夜
- 二〇三〇年八月 地球の人々
- 二〇三一年三月 納税者
- 二〇三一年四月 第三探検隊
- 二〇三二年六月 月は今でも明るいが
- 二〇三二年八月 移住者たち
- 二〇三二年十二月 緑の朝
- 二〇三三年二月 いなご
- 二〇三三年八月 夜の邂逅
- 二〇三三年十月 岸
- 二〇三三年一一月 火の玉
- 二〇三四年二月 とかくするうちに
- 二〇三四年四月 音楽家たち
- 二〇三四年五月 荒野
- 二〇三五-三六年 名前をつける
- 二〇三六年四月 第二のアッシャー邸
- 二〇三六年八月 年老いた人たち
- 二〇三六年九月 火星の人
- 二〇三六年十一月 鞄店
- 二〇三六年十一月 オフ・シーズン
- 二〇三六年十一月 地球を見守る人たち
- 二〇三六年十二月 沈黙の町
- 二〇五七年四月 長の年月
- 二〇五七年八月 優しく雨ぞ降りしきる
- 二〇五七年十月 百万年ピクニック
- 『太陽の黄金の林檎』
- 『刺青の男』
- 『歌おう、感電するほどの喜びを!』
- 『10月はたそがれの国』
- 『たんぽぽのお酒』
- 『さよなら僕の夏』
- 美しい文体に酔いしれる
『華氏451』
小説の1文目は「火の色は愉しかった」という言葉から始まります。めちゃくちゃカッコいい。
タイトルの意味は、書物が自然発火する温度です(華氏451度=摂氏220度)。
主人公のモンターグは、本を焼く仕事を忠実にこなすファイヤーマンです。モンターグの腕には火トカゲが、胸には不死鳥のバッジがあります。
火を扱う仕事は、火をつけるのではなく消すことだったのは昔のこと。この時代では、火をつけることがファイヤーマンの仕事というわけです。
思想が管理されている世界で、本を読むことは禁止されています。書物とは何か? 本作において、書籍は人間の思想の自由を象徴するもの。
モンターグは最初は疑問を持たず働いていますが、少女クラリスと出会い、また本を隠し持っていた女性が焼死する姿を見て、考えを変えていきます。
しかしそれは国家との対立を意味する危険な思想でもあり…。モンターグの葛藤や国家の恐ろしさをまざまざと見せつけます。
書物の価値が問われるのも、本好きなら楽しいポイントです。
「なぜ書物は重要であるか、その理由をご存じかな? そこには、ものの本質がしめされておるのです。われわれがものの本質を知らなくなってから久しい。では、本質とはなにか? わしにいわせれば、それはものの核心を意味する。それをのぞかせる気孔が、書物のうちにある」
『火星年代記』
色あせない作品とは、まさに本作を指す言葉ではないでしょうか。
短編それぞれがバラエティ豊かで、クォリティが高い。地球人が火星移住をできる時代を背景に、火星人夫婦、地球から移住する人、移住できない人、さまざまな状況の人たちを描きます。
火星移住はなにも遠い話ではなく、人間が新大陸を目指すうえでは、普遍的な話。 一人の作家の想像力のたくましさを感じることができます。
少し長くなりますが、すべての短編を紹介したいと思います。それくらい好き。
二〇三〇年一月 ロケットの夏
冬から夏へ。ロケットが劇的に人間の環境を変化させることを暗示させる。
二〇三〇年二月 イラ
イルとイラの火星人夫婦の話。イラは正体不明の人物と会う夢を見る。 相手はどうやら地球人のようだが、明確には示されないまま、夫のイルが狩りと称して殺害に向かう。とめどなく涙を流すイラ。
二〇三〇年八月 夏の夜
火星の人々が、ある唄を口ずさみ始める。どこで覚えたかわからず、不安に怯える人々。恐ろしいことが起きる予兆なのか。
二〇三〇年八月 地球の人々
ツツツ夫人のところへ訪問客が。地球からきたウィリアムズ隊長率いる一団だ。ウィリアムズ隊長はテンション高く話しかけるが、相手にされない。歓迎してほしいだけなのに。ある部屋に行くように鍵を渡されるが、そこは精神病院だった。ロケットを見せに行くが、それすらもウィリアムズ隊長の生み出した幻覚だとする。心理学者のクスクスクスは、隊長と隊員を射殺。それでもロケットが消えないことに今度はクスクスクスの精神が崩壊し、自死を選ぶ。
二〇三一年三月 納税者
地球で火星に行きたいと叫ぶ男。地球は退廃していることがわかる。
二〇三一年四月 第三探検隊
ジョン・ブラック隊長率いる第三探検隊が火星に到着するが、そこは地球の故郷とまったく同じ作りの街だった。そして、隊員の死んだはずの家族が出迎える。家族との再会を隊員たちは喜ぶが、それは火星人たちが創り出した幻覚だった。
二〇三二年六月 月は今でも明るいが
第4探検隊。火星人は地球人がもたらした水疱瘡により、全滅していた。 「大きい美しい物を損なうことにかけては、わたしたち地球人は天才的」というスペンダーが、火星をこれ以上侵略させないため、組員たちを射殺しはじめる。
二〇三二年八月 移住者たち
火星への移住が開始される。
二〇三二年十二月 緑の朝
緑を増やしていく。酸素が噴き出る。水晶の大波のように高くきらめくのが見える。
二〇三三年二月 いなご
移住者は9万人を越えた。
二〇三三年八月 夜の邂逅
トマスは火星人らしき存在と出会う。どうやら過去の火星人の意識が残っていたようだが、だれが過去の人間であり、未来の人間だと証明できるかを問われる。
二〇三三年十月 岸
男たちが移住し、次に女たちが移住する。そして、神への道を歩むようなまなざしの一群がいた。
二〇三三年一一月 火の玉
過去の火星人だった青い火の玉が意思を持つことを確信したペレグリン神父は、火の玉を神として崇めることにする。ここに宗教が生まれる。
二〇三四年二月 とかくするうちに
第十の町が建設される。教会が作られ、小説家や詩人がいることがわかる。文化が根付いたのだ。
二〇三四年四月 音楽家たち
少年たちは禁止区域へ。そこには死体があった。白骨を木琴みたいに叩く。
二〇三四年五月 荒野
先に火星に向かったウィルからの手紙を頼りに、ジャニスは火星に向かうことにする。遠距離恋愛。移住するにはまず男から。
二〇三五-三六年 名前をつける
土地に名前をつけていく。人間が自分勝手に。
二〇三六年四月 第二のアッシャー邸
エドガーアランポーなど、焚書にした社会に対して恨みを持つスタンダール。 規制が火星にも蔓延することを阻止するため、道徳風潮局の人々を集め、豪邸を崩壊させる。 すべて過去の文学にまつわる仕掛けで、狂的なフィナーレを迎える。
二〇三六年八月 年老いた人たち
ついに老人までが火星に。乾し杏みたいな人たち、ミイラみたいな人たち。
二〇三六年九月 火星の人
老いたラ・ファージュと妻。移住した先で、亡くした息子のトムを見つける。信じられないまま、だけど徐々に受け入れていく。 だが、ほかの家族の失われた誰かでもあった。彼はトムであり、ジェームズであり、スウィッチマンという名の男でもあった。そして人々の願望が交錯し、彼は死に至る。 「これは、あらゆる意味でトムなのだ」
二〇三六年十一月 鞄店
地球で戦争が始まる。逃げてきたものの、地球は故郷だ。ペリグリン神父はカバンを一つ購入する。
二〇三六年十一月 オフ・シーズン
サム・パークヒルが再び登場。相変わらずいけすかない。火星からの移住者の増加を見込んで、ホットドッグ屋を開くが、地球が爆発。ホットドッグ屋は開店前にオフシーズンに。
二〇三六年十一月 地球を見守る人たち
地球で原爆の不時の爆発により、戦争も勃発。家族を残してきた火星に移住してきた人々は、地球へ戻る準備をする。カバンは一つ残らず売れてしまった。
二〇三六年十二月 沈黙の町
火星に残った男ウォルター・グリップ。ジェヌヴィエーヴという女性から交信があり、彼女の元へ行く。彼女は太ったブサイクで求婚される。ウォルターは急ぎ逃げ出し、ごくたまに鳴る電話にも出ないで暮らす。
二〇五七年四月 長の年月
第四探検隊のハザウェイは妻と子2人と暮らす。ワイルダー隊長が訪ねてくるが、妻と子供たちが年を重ねてないことに気づく。家族はすでに亡くなり、アンドロイドだったのだ。地球にも生き残りは少なくなり、ハザウェイは電話の音や街の音を鳴らし、擬似的な街と擬似的な家族を作っていた。
二〇五七年八月 優しく雨ぞ降りしきる
自動的に食事の支度などを繰り返す近未来型の家。家主はいなくとも、毎日同じ動作を行う。火事になってしまい、家が主語になったときに、虚しさが生まれる。
二〇五七年十月 百万年ピクニック
地球の戦争から火星へロケットを使い逃げてきた家族。ロケットを爆破し、誰もいなくなった火星をピクニックと称して移動する。父親は州知事。ラストシーンで子供が火星人はどこにいるの?と問うが、肩車はしている父は足元の湖に映る自分たちを見据える。そう、この家族こそが火星人となるのだ。
『太陽の黄金の林檎』
短編集としてどれも完成度が高い22編が収録されています。
表題作の『太陽の金の林檎』は、冷え切った地球を救うため、宇宙旅行隊が太陽の火を持ち帰るという話。かなりスリリングな展開が待っていて、あっという間に読めると思います。
あとおすすめしたいのは、タイムトラベルの危うさを描く「サウンド・オブ・サンダー(雷のような音)」、自分を魔女だと思い込んだ老婆と少年との歪な交流を描く「目に見えぬ少年」。
ブラッドベリの幻想的な世界を堪能してほしいです。
『刺青の男』
こちらも短編集。ブラッドベリは短編集が多くて、どれも手際がいいんですね。
表題作の『刺青の男』は、全身に18の刺青を彫った男の物語。18の刺青は月明かりに照らされると、18の秘密の物語を演じはじめます。どういうこと?と思うのですが、空想力と普遍性が合致している内容で、圧倒されるはずです。
ほか、宗教や人種問題といった社会的な問題を織り込んだ作品が並びます。
『歌おう、感電するほどの喜びを!』
タイトルがすばらしい。
この表題作は、電子おばあさんがやってくるという不思議な話。家族とおばあさんが一緒に過ごした愛ある生活を描きます。
またヘミングウェイのオマージュ作品ともいえる『キリマンジャロ・マシーン』も収録されています。
『10月はたそがれの国』
ベースになっているのはブラッドベリの処女短編集「闇のカーニバル」。さらに5つの作品を加えて構成されています。
不思議であやしいブラッドベリの世界が堪能できます。
『たんぽぽのお酒』
12歳の少年ダグラスの夏の日。舞台は、中西部イリノイ州の小さな町。
ダグラスは夏がきてテニスシューズを買い、弟のトムはすべての出来事を書き留めておこうと5セントのノートを買います。そして、たんぽぽのお酒は、おじいちゃんが造っているお酒のこと。タンポポのエキスをアルコールしています。日常のなかに、「幸福マシン」といったSF要素が下地あることがわかります。
『さよなら僕の夏』
まさかの『たんぽぽのお酒』の続編が、50年の時を経て執筆されたことに驚き。構想自体は『たんぽぽのお酒』執筆時にあったようです。2冊いっしょに読めるのは、今の時代の読者の特権といえるかもしれないです。
美しい文体に酔いしれる
ブラッドベリの文章が美しく、その点も読み応えがあります。例えば星についての描写。
「大空の星は、黒いジェット機の爆音によって、粉みじんに打ち砕かれた。夜があけると、地上はその砕片で、雪の朝のようにおおわれているのでないか」
幻想的でどこまでも想像力が広がる感覚になる。短編が多いので、気になるものから読んでみてもいいと思います。ブラッドベリの世界を堪能してください。